ラッキーがどうして、白人様のマスクをしていたかというと祖母を襲った男(ブンとします)は、私もよく知っていてというより、一緒に寝ていたりしたこともありました。
この男は飯塚で、人さらい稼業でした。もとより、表向きはブンの妻が駄菓子屋をやっていました。ブンは誰かについて、毎日出かけていきました。ちょうちんの戸籍上の父親です。だから、ちょうちんもこのおとこにさらわれたということです。
祖母の兄は祖母と同じく阿波の生まれですが、若いころ北海道に行き、そこから、樺太などに行っていたそうです。日露戦争が起きて、当時ロシアにいた日本人は苦戦している日本軍に加わったそうです。寒さや勝手を知っているので、幾多の日本兵の窮地を助けたそうです。
結局、日露戦争は日本の勝ち戦で終わり、祖母の兄は助けた日本兵とともに帰国します。その時に何人かのロシア人を連れてきたようです。
東亜子がさらわれて、東京・江戸川で、引き渡された後、北海道を目指したのですが、その前に東北各地を引っ張りまされて、結局、秋田で終戦を迎えたのです。
私は東亜子が殺害された後、この東北各地で、東亜子を迎えたところに伺いました。東亜子や私は、祖父母が四国で、生まれたのは九州でしたから、東北というのはなじみがありませんでした。
なぜ、東北だったのか疑問でしたので、直接、なぜだか聞きました。
「なんでも、うちのおじいちゃんが、軍隊で日露戦争で世話になったので、ずーっと、おつきあいしているのですよ」ということでした。
祖母の兄は、祖母もそうでしたが、体力抜群で、喧嘩が強かったそうです。それで、九州に住んでいた頃はいわゆる川筋者の親分でした。その彼が連れてきたロシア人の子孫が白人様の容姿だったのです。
もちろんブンも白人様のマスクでした。
東亜子の周りを徘徊していたのもこれらの人物たちでした。